2008年12月27日

売れてる人は売れている!

車の定期点検で、スバルの販売店に行った。

懇意にしている営業マンが転勤になったため、ちょっと遠くの転勤先の店まで、買い物がてら通っている。

あらかじめ日取りだけ予約しておき、当日の朝、時間を連絡することにしていたのだが、電話するとその営業マンが出て来て、「申し訳ありませんが、外出することになっているので、他の営業に話をしておきます」と言う。

店に行って、車を預け、他の場所で時間をつぶしているとメカニックから点検終了の電話があった。ところが、メカニックが営業マンに電話を替わるという。何事かと思ったら、「これからまた納車があるので、お会いすることができない。申し訳ない」とのこと。

この年末に、またこの未曾有(みぞう)の不景気にも関わらず、彼は一日に二台もの車を納車した、というのである。

私は彼からは既に二台の車を購入したのだが、その間、二回も転居をしている。それでも連絡を欠かさずにいてくれるので、どうせ買うならこの人からということになったのだ。

マクロで見ると物は売れない。それは否定できない事実だ。それは不況のせいである。

しかしミクロでは物を売ることのできる人がいる。これも事実である。
posted by 継之助 at 23:08| | Comment(0) | TrackBack(0) | ばいやーの独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月26日

仕事納め

今日は、私が勤めるこてこての日系企業の、仕事納めの日である。

朝、ちゃっちゃと三つ程残案件を片付け、ほっとする間もなく、机上の整理をする。以前にも書いたが、私の机上は最近汚くなっていた。バイヤーではなく、企画・管理に専念するようになってから、行き先を判断しかねる書類が多くなってきたせいでもある。しかもそういう書類に限って、意味なく分厚い。

だいたい、設備投資の企画書なんて、工期や採算についての数字をだらだら並べて10枚以上もあるんだから。そんなの誰も読む訳ない。まして会社幹部にそんなもの読む暇がある訳がないことぐらい、分かりそうものだ。

というのは言い訳で、そういう書類を後生大事に抱え込んでいる私が悪いのである。で、机とシュレッダーと書棚の間を何往復かして、机の上はようやく片付いた。

それから帰宅する前に、例によって職場で一杯やる。あまりだらだらやるのは好みじゃないので、皆に挨拶をしてさっさと引き上げる。これで会社での仕事納めは終了である。

それとは別に先々週、移動中に一時間程時間が開いたので、手帳を取り出して「今年一年で成し遂げたこと」と「来年成し遂げるべきこと」をまとめて書き出しておいた。これが私的な仕事納め。

しかしこうやって振り返ってみると、なんとなく手を付けかねて後回しにしたあげく、何度も目標に掲げられる項目が見つかる。自分の意思の弱さを反省すると同時に、もっと細かく目標達成までのアプローチを考え、しつこいぐらいに見直す必要があるのだな、と気づく。

今年一番の冷え込みだという、冬の風は冷たく身を刺す。でも生きていることを再確認させてくれる程のその寒さは、決して不快じゃない。
posted by 継之助 at 22:57| | Comment(0) | TrackBack(0) | ばいやー日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月16日

スバル、WRC撤退!

私生活上、全く実感が湧かないのだが、景気はもの凄い勢いで減速している。というか急降下している。半年前とは、会社での会話が180度違う。不景気はなんどかあったが、こんなことは初めてである。

そんな中、私の愛するスバルもついにWRCから撤退すると発表した。

そりゃ、こんな状態だもの、会社の判断は完全に正しい。でも、スバルと言えばWRC。F1なんかと違って、少なくとも見た目は完全に自分の愛車と同じ車が走る、WRC。その宣伝効果は計り知れないものがあった筈。

それでも撤退しなくてはならない。それほど、モータースポーツという存在そのものが、揺らいでいる。

それ以上に、自動車という20世紀を代表する工業製品が、大きな転機を迎えているのではないだろうか。
posted by 継之助 at 23:34| ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | ばいやーの独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月16日

幸せってなんだろう

昨日は購買ネットワーク会が開催されたが、懇親会もそこそこに失礼させてもらい、早く帰宅した。いつもは終電車ぎりぎりまで飲んだくれて、当然午前様で、次の日の午前中は廃人同様の継之助に、いったい何が?

という程のことではないのだが、今日は娘の誕生祝いをすることになっていたのである。事前に、何が食べたい、と聞くと、家にある料理本から「パスタ」を選び、ラザニア、ペンネアラビアータ、カルボナーラの三品を作れと言う。

え、食べに行くんじゃないのか、と思われる方もいると思うが、我が家ではこれが恒例行事で、担当シェフは継之助である。

ラザニアだけは作ったことがなかったし、パスタは食べ始めるときに全部できたてで供したいので、朝から綿密な計画をたてる必要があった。だから飲んだくれる訳には行かなかったのである

努力は正当に報われ、三品は見事同時に仕上がり、娘は「幸せ」と言ってくれた。

私は、自分の家族を幸せにすることができる。それこそが、我が喜びである。

posted by 継之助 at 22:29| 🌁| Comment(4) | TrackBack(0) | ばいやーの独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月14日

ステキなタイミング

不本意にも値上げ攻勢に押しまくられていたバイヤー達には、チャンスがやって来た。

円高、原油をはじめとする商品相場の下落。でもそれ以上に自分のところの製品の需要が落ちているから、会社幹部からの目は厳しい。張り切らざるを得ないシチュエーションである。

さて、そんな時期にあるお取引先の営業担当者が、値上げの話を持って来た。メーカーの出した値上げを要請する書面を携えて。そこにははっきりとした値上げの理由は記載されていない。

「済みませんが、この資料ではなんだか理由がわかりません。できるだけ詳細に値上げの理由が分かる書面をお持ち頂けませんか」と依頼しておく。すると数日後、またアポが入り、時系列にプロットされた製品の原価概要を見せてくれる。

汎用製品だったので、ここまで詳しい資料が出て来るとは予想していなかったため、ちょっとびっくりする。が、よく見て行くと原価が上昇した原因は殆ど一点にしぼられることが分かる。

なるほどなるほど。こいつはわかりやすい。「原価が上昇した理由は材料であるXXの市況上昇が原因ですよね?でもご存知のようにXXの価格は現在この資料のピーク時のおよそ半額まで暴落していますよ」と返す。

営業担当者は「やっぱり値上げは認められませんよねえ」とあきらめ顔である。メーカーは実は一番XXの価格が高騰した時点で値上げを打ち出しているのだが、浸透に時間をかけているうちに価格が暴落し、最悪(バイヤーには最高!)のタイミングで値上げ申し入れと相成ったのである。

相場の下落時にはこういう悲喜劇がおこりがちである。

そして私の頭の中では、坂本九の歌う、あの曲の歌詞がぐるぐる回っている。



posted by 継之助 at 06:53| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ばいやー日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月04日

どうしたらいいですか?

時々若手社員から、「xxxが○○なんですが、どうしたらいいですか?」というメールをもらうことがある。メールをもらうことあっても、面と向かってそう言われることは滅多にない。なぜなら、自分の部下にはこういう形式の「丸投げ質問」を禁じているからである。

もしも対面でそういう質問をされた時の、私の対応を含む想定問答集は以下のようなものである。

私「ふーん、それであんたはどうしたらいいと思うわけ?」
質問者「え、わからないから聞いているんですけど」
私「わからないって、自分で考えてみたの?」
質問者「考えようにも、何もわからないので」
私「何もわからないのに、結論だけ手っ取り早く聞いて、それでいいの?」
質問者「嫌がらせですか?」
私「質問してるだけなんだけれど、それが何か?」

最近はいきなり怒鳴りつけたり、相手を揶揄するような言動をとると、パワハラとやらになるらしいので、ここではソクラテスみたいに、質問で返すように配慮している。これなら問題あるまい。ただし、ソクラテスと根本的に違うのは、結論からどんどん離れる方向へわざと誘導していることである。

話を元に戻すと、私は「質問するな」と言っているのではない。「質問の仕方が悪い」、もっと言うと「質問から学べる姿勢をとれ」と言っているに過ぎない。

前にどこかで書いたことがあるのだが、私の最初の上司はこういうスタイルの質問を決して許さなかった。徹底的に矯正してくれた。まず、自分なりの考えを持て、考えを持つには自分で勉強しろ、それでも分からないところだけを訊け、とこう言うのである。

私はこの上司の前に立つ時には、たいそうな緊張を強いられたものである。が、今でもこの教えを忠実に守っている。

実際、仕事のできる社員からはこういうメールは来ない。「xxxについて○○しようと考えているのですが、このポイントの判断基準が分からないので、教えてください」というようなポイントをしぼった質問が来る。これだと、こちらもより専門的に答えを返さざるを得ず、質問者のスキルアップにもつながる。

丸投げ質問をして来る輩に専門的な回答をしても、どうせ分かる訳ないのでこちらも手抜きをする。私の基準では、三回そういう質問をして来た場合、「阿呆」というレッテルをはることにしている。普通は若いうちにきちんと指導をしてやれば、阿呆にならなくてすむはずだが。(極少数の例外はいる。)

今回の結論:
若手から、丸投げ質問をされたら、分からず屋になろう!
posted by 継之助 at 08:10| ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | ばいやー日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月30日

人生を悟れるのはいつだろうか

昔々、バブルの頃。私は激務の合間をぬって銀座で合コンをしていた。(わおー)

男性陣はその頃所属していた、あるスポーツサークルの面々。これはいつものパターンである。しかしその日の女性陣の一人がひと味違った。

二次会でふと気がつくと、その女性と激論になっていた。一次会では全く話した記憶がないのに、なぜか夜更けの小洒落た飲み屋で、その女性と言い争いをしていたのだ。いろいろな意味で若気の至りと言う他はない。

何の話で激論になっていたのか?

正確なところは忘れたが、その女性は二十代前半にして「片親を無くし、もう一人の親の面倒を見ながら、会社をやめて家業を切り盛りしている」というような、壮絶な体験をしたというのである。それなので、彼女は「私はもう既に人生の苦労は全て分かっている。その上で言うが、あんたは甘い!」と私に言うのである。

こちらはカチンときて、「俺もそうだが、二十歳とちょっとで人生分かったようなことをいうんじゃない。そんなこと生きてみなきゃわかんねえじゃないか」と食ってかかったのである。(またしても若気の至り)

そのうちに電車がなくなってしまったのであるが、なにも色っぽい展開にはならず、タクシーが捕まるであろう時間まで、延々と言い争いを続けるはめになった。そして彼女が去ると、隣であきれていた先輩のアパートで二時間程過ごし、そのまま出勤したのであった。(若かったなあ)

いやいやそんな話はどうでも良いのであるが、今日ふとこの出来事を思い出して、その時の自分の言葉の正しさと、嘘くささを改めて思うのである。

やっぱり生きてみなきゃ、人生は分からないとは思う。でも、それからずいぶん生きたからといって、人生の何が分かったというのだろう。

人生を悟れるのはいつのことなのだろうか。
posted by 継之助 at 23:22| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ばいやーの独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月28日

中高生の読書事情

ここのところ、事情があって中学校・高校に出入りする機会があった。卒業してから母校にも、顔を出していないので、本当にウン十年ぶりにそういう所へ行って、懐かしい思いにとらわれた。

図書室の前に、生徒に読書を呼びかけるポスターが張ってある学校があるのだが、どこも本を「読ませる」のに苦労している様子だ。ある中高一貫校では、6年間で100冊読んで寸評を提出しよう、という運動をやっていた。一ヶ月で1〜2冊強読めば良い計算であるが、それすらも読まない生徒が多いということなのか。

別の学校で、生徒に本を「読ませる」工夫を訪ねてみると、「それが結構大変なんです。朝10分ぐらいの時間をとって、兎に角なんでも良いから読ませるようにしているのですが、それでは充分ではありません。かといって、感想文を書かせるようにすると、ますます読むのが苦痛になるので、とりあえず冊数の目標だけは与えているのですよ」とおっしゃる。

このブログを中高生が読んでいる可能性は殆どないが、それでも言っておきたい。確かに受験勉強が忙しいのはわかるが、本は読んだ方がよい。ジャンルはあまり関係ない。自分で読みたいと思うものだけを自由に選んで良いから、時間を見つけてたくさん読んだ方が良い。

学校へ行っている間は、先生や塾の言う通りでいいのかもしれないが、社会に出てからは、本が大きな情報源であり、それを使いこなす方法は今、身につけておくべきものなのだ。
posted by 継之助 at 09:06| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ばいやーの図書室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月09日

陰謀に参加するばいやー

某日、ある極秘プロジェクトが招集された。

極秘プロジェクトなので、本来こんなところに書く訳には行かないのだが、おもしろいので書いてしまう。

プロジェクトに集う面々の目的は、「あるプロジェクトを潰すこと」である。そしてそこに集う面々の共通点は、「潰そうとするプロジェクトの構成メンバー」であること。

会社という組織では、ときどきこのような面白いことが起きる。いやいや当事者が「起きる」なんて第三者的に書いてはいけない。正確には面白いことを起こしている、のである。

どうしてこんなことになってしまったのか?

それはプロジェクトのコアメンバーの当事者意識の欠如が原因である。プロジェクトの進捗管理、用件定義、外部との調整、メンバー間の情報共有、どれも足りない。そして何よりも、プロジェクトの所期の目的を達成しようという、確固たる意思が足りない。

どれだけ、我々メンバーが提言を繰り返してもコアメンバーには、全くそれを反映する能力がない。そんな状況を見て、ついにクーデターとも言うべきプロジェクトが動き出したのである。

そこでは、「どうしてこうなったのか」なんて話はでなかった。参加者皆の見解が完全に一致しているから。話題になったのは、クーデターの是非ですらなく、どうやったら効果的かという戦術面の詰めと、誰の首をはねて、誰と替えるかというターゲット設定。

いやいや実際、派閥争いなんて次元の話ではなく、仕事が停滞してしまうのを防ぐために、仕方なくやることなのだが、陰謀というのも時には面白い。
posted by 継之助 at 23:04| 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | ばいやーの独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月07日

忠誠心

第十六回購買ネットワーク会に参加してきた。

今回は拡大バージョンであったため、自己紹介や周りの方と話をする時間が確保できた。そればかりではなく、ケーススタディの時間もゆっくり取れたため、議論を深めることが可能だった。懇親会の場で他の参加者に評価を聞いてみたのだが、好評だったようだ。

この会を人脈を作る場として捉え、どれだけ参加者の方と知り合えるかというのを問題にしている方にとっては、特にそうであろう。

幹事としては準備のこともあるので、「それじゃ常に拡大版でやりましょう!」ということにはならないのであるが。

さて、記事タイトルの忠誠心についてだが、懇親会の場で話題になっていた。ある参加者の方が、「会社に対する忠誠心の源泉は、どれだけのことを会社が従業員に対してしてやることができたかである」とおっしゃっていた。

その方は転職をしたのであるが、転職前に所属していた会社に対しては、今でも忠誠心を持っているとのこと。それはその会社が給与・教育・職場環境などで、その方に充分な処遇をしたからであるのだそうだ。

それとは別に近々転職をすることになっている方とも話をしたのだが、その方も「転職活動をしてみて、つくづく今いる会社の良さが見えて来た」とおっしゃっていた。

翻って我が身に置き換えてみるとーー。なるほど私にはまだ転職する資格がないらしい。

ネガティブに過ぎるもんなあ。
posted by 継之助 at 22:12| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ばいやーの独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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