2008年05月24日

覚悟の決め方

腹が据わっている人というのは実際にいる。何事にも動じないというのではないのだろうが、私などが動揺しまくってしまうことを、いとも簡単に片付けてしまう。

生まれてこのかた、こういうのは持って生まれた資質なのだと片付けてきた。だから仕方ないのだとあきらめて自分を誤摩化してきた。

絶望的に腹の据わっていない自分にほとほと嫌気のさした今、腹の据わった人になる方法論を具体的に知りたい。実践してみたい、と真剣に思う。

誰か知っていたら教えてほしい。本気である。
posted by 継之助 at 00:28| ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | ばいやーの懺悔 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月30日

リーダーシップ

先日、私の携わっているあるプロジェクトの進捗会議に参加した。このプロジェクトは数年前から何度も企画されては、その度に立ち消えとなってしまい、今回ようやく実行に漕ぎ着けることができた、曰く付きのものである。

なぜ、そうなったのか?

それはリーダー足りうる人物がいなかったためである。プロジェクトで恩恵を受ける当事者の中に、他の部門の協力を取り付け、問題を切り分け、進捗を管理する人物が出てこなかったのである。でもそのプロジェクトが必要不可欠なことは前から誰もがわかっていた。

リーダーが「いなかった」と書いたが、これは二重の意味で不正確だ。まず、能力を持つ人物が「いなかった」という訳ではなく、その気力を持っている人間がいなかっただけだからである。もう一つは過去形ではなく、プロジェクトが始まった現在でも厳密な意味では「いない」のである。そのことはプロジェクトが始まる前に指摘し、リーダーを立てた筈なのだが、ちっとも機能していないのだ。

案の定、進捗会議は不必要なところで紛糾し、おそらくは一時間程で終了するはずが、二時間以上かかってしまった。

明確に定められたリーダーがいないと、組織は無責任なものとなり、そこここで仕事に漏れが生じてしまうのである。誰がなんと言おうと、その人物がどんなに他のメンバーから嫌われようと、組織にはリーダーが欠かせないのである。

今回のプロジェクトでは仕事を受ける立場にあるため、リーダーを引き受ける訳には行かないのだが、すくなくともファシリテーターとして機能し、リーダーとなるべき人物に自覚を促すしかない。
posted by 継之助 at 06:53| ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ばいやーの懺悔 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月31日

今年の反省

年末のばたばたも終わり、ようやく一息ついたところで、今年の反省をしておくことにする。

1)規則や事務取扱要領を年内に立案できなかったこと。
厳密に言えば今年度中にやれば良いのだが、12月の出張予定が予想以上に立て込み、結局作業ができなかった。1月も同様だが、なんとかしなければならない。

2)教育体系は立案したが、実施にうつせていないこと。
一部やっているのだが、人事部門が煮え切らず、音沙汰なし。とは言え、他人のせいにはできない。こちらでやることはやっておかなければ。

3)契約書のひな形作成が出来ていないこと。
前から要望のある、契約書のひな形作成が全く手つかず。上記二つに比べ、優先順位は低いが、なんとかしたいところ。

個人的には、11月ぐらいから異様に忙しくなり始め、目先の仕事に追われる立場になってしまった。とはいえ、もう一度同じ時間に戻れたとしても同じ状況になることも、わかっているので仕方がないのだが。

ラインではなく、スタッフや管理職として職務を遂行する難しさの一つに、自分の仕事量のコントロールというのがある。これをうまくやらないと、やたら忙しくなった時期に突発事故が起こってパニックになったり、逆にやたら暇になってしまったりする。部下を持つ身の場合、特に前者は組織にとって致命的になりかねない。

プロジェクトに出ていた時に、上司が「管理職たるもの、決して実務を抱えて手一杯になってはいけない。」という意味の言葉を言っていたのが、わかる気がする。といって、自分ではコントロールできない仕事が降ってくることは、避けられないのだが。

来年は、目標を高く持って、経営に購買の視点を理解してもらえるような仕事をしたいと思う。
posted by 継之助 at 16:35| ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ばいやーの懺悔 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月07日

人材の宝庫を目指せ!

採用活動の時に書いた通り私の所属する会社は大学生に人気がなく、候補者全体の質が低下している。もちろん説明会や面接の回数を多くこなすことで、最終的に確保した候補者には満足しているのだが。

加えて以前では考えられない程離職者が多く、しかも優秀な人材からやめてゆく傾向が強い。先日もエース格の後輩がやめるという話を聞き、正直がっかりしていたところである。いったいこれで何人目であろうか?優秀な社員の流出は、会社にとって本当に大きな痛手なのである。

でも今日、ある歴史ものの雑誌を読んでいて、ふと気がついた。

もっともっと優秀な社員を育てればいいんだ。

一定の数の社員がやめて行くのは防ぎようがない。しかし、その度に中途社員をうまく採用できるとは限らない。だったら、採用を厳選して素質のある新人を採り、その新人を早く戦力化する仕組みや仕掛けを作ればいい。出て行く人材以上に、育てればよいのだ。

あの会社に行けば一人前に育ててくれるという評判がたつほどにすれば、候補者の質も上がるに違いない。

窮地に陥った時には、逆に一歩前に出よう。失ったものを嘆いている暇などない。


posted by 継之助 at 22:57| ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | ばいやーの懺悔 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月21日

第五回購買ネットワーク会に参加

できなかった。仕事とは言え、やりきれない。

飲み会だけ参加すれば、少しは元気をもらえるかと思ったら甘かった。

参加した皆さんと名刺交換をしても、会の様子を聞いても疎外感が募るばかり。どんどん欲求不満が膨らんでゆく。

やっぱり会に参加して、議論で疲れた頭で飲み会に出席するのが、フルコース。デザートだけ頂こうなんて、虫がよすぎるのだろう。

次回予定は7月8日だそうだ。これを見ている人は手帳に書いておくように。(突然命令口調)
posted by 継之助 at 01:54| ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | ばいやーの懺悔 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月08日

消防士の祈り

When I am called to duty, God wherever flames may rage give me strength to save some life whatever be its age, help me embrace a little child before its too late or save an older person from the horror of that fate. Enable me to be alert and hear the weakest shout and quickly and effectively to put the fire out. I want to fill my calling and give the best in me to guard my every neighbor and protect his property and if according to your will I have to lose my life, Please bless with Your Protecting Hand my children and my wife.

アメリカ合衆国の消防士の心意気を示す「消防士の祈り」という詠み人知らずの詩です。このプロ魂凄いと思いませんか?

消防士は出動指令が下れば、何処であろうと火を消し止めなければなりませんし、誰であろうと助けなければなりません。仕事に選り好みはできないのです。その職業によって報酬を得ているとはいえ、場合によっては命を落とす危険を顧みず、誰とも知らぬ他者の為に彼らは命を掛けて仕事をしています。

常々自分のために仕事をしていると広言して止まない私でも、こういう生き方もあるなと認めざるを得ません。

普通の仕事に就いていれば、命の危険と隣り合わせなんてことは殆どないはずですが、彼らの覚悟の何分の一かでも覚悟を持って仕事をしたいと思います。
posted by 継之助 at 22:39| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ばいやーの懺悔 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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