2006年05月14日

同僚との良好な関係

「上司との良好な関係」に続いて今度は同僚との関係について。(同僚とは場合によっては関係が良好でなくても仕事に支障がないこともありますが、そうは言っても良好な方が何かと有利なことも多い訳で。)

実は、私は普段同僚と飲みに行くことは殆どない。以前はそうでもなかったのだが、今の職場へ来てから意識的にそうしている。(もちろんあらかじめ設定された飲み会には積極的に参加するのだが、突然その日に飲もうと言われた場合は殆ど参加しないという意味。)もっと読みたい!
posted by 継之助 at 10:03| ☁| Comment(3) | TrackBack(1) | ばいやーの独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月10日

ばいやーは机の上の書類を丸ごとすてちまえ!(実践編)

今日の業務終了後、どうしても我慢できなくなってついに机の上の書類整理に着手した。

以前の記事のAさんのように丸ごと捨てる勇気は今回もなかったが、絶対にファイルまたは電子データで保存が必要な書類のみを残し、あとは全部捨てる(つまり、整理後にそのまま机に置いておくものはない)という基準を作って背水の陣で整理に臨んだ。

結果は、ほんの10分ほどで70%程の書類が、「シュレッダー行き」となった。ちなみに大型のシュレッダーが屑でいっぱいになるほどの量だったので、廃棄そのものに15分以上かかった。

冷静に考えて見るに、これはやはり普段から「書類」=「仕事」を「きちんと最後まで終わらせる」=「書類をファイルするか廃棄する」というところまでやらずに、ほったらかしにする癖がついているからなのではと反省している。

前回書いたこととは若干違うが、要するに捨ててよいか「判断できない」のではなく、「判断したくない」のではないかということだ。

やっぱりまだまだ自分には甘いからなー。飲みに誘われれば仕事を放り出してでも参加したいくちだし。

ちなみに書類の中から、時間が解決してくれた難問を発見。積んであった間にやらなくても良くなった仕事だ。ものすごく上の方からの介入案件だった。どうしてもやりたくなかった仕事だしなあ。

やり過ごしも部下の特権ということで、勝手に結論をつけてシュレッダーで
証拠隠滅をしてすっきりした。
posted by 継之助 at 23:19| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ばいやーの独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月05日

上司との良好な関係

これを読んでいるあなたはサラリーマンだろうか?

それならば必ず上司がいるはずだ。(自営業の方、経営者の方はごめんなさい。)

あなたと上司との関係は良好だろうか?良好ならば何も言うことはない。そうではないのなら、私の書くことを読んでも損はないと思う。

思うに、部下にとっての「上司との良好な関係」を築くために部下がとり得るアプローチには二通りある。(上司にとっての「部下との良好な関係」については書かない。管理職の方は自分で考えてください!)

上司に気に入られるようにすることと、上司に恐れられるようにすることだ。

どっちが簡単だと思うだろうか?正直なところどっちも難しいのだが、私には後者の方がやや簡単だと思える。

どんな上司に当たろうが、自分の絶対的な得意分野を確立してしまえば、こちらからは上司によって微調整をしなくてすむからだ。そして「世界一のバイヤーになってみろ!!」で坂口さんもおっしゃっていた通り、絶対的な得意分野を自分の属する組織で確立するのはそんなに難しいことではない。(本当にたった数冊の本を読破するだけで、専門家として扱われることがある。)

ただし、恐れられるのではなく嫌われ、クビになっても保証の限りではない。それにひとつのスキルだけでは、別の職場へ異動になると全く役に立たないこともある。

そこで必要なのは前者のアプローチだが、一番難しい点は、上司一人一人を見極めて接して行かなければならないことだ。

ただし今までの経験で言えることは、有能な上司は意外に部下の性格や実力を的確に見抜いていることが多いということだ。そんな人に対してはあまり自分を飾ったり、虚勢を張ったり、擦り寄ったりしても仕方がない。なるべく上司に自分をぶつけて、同時に上司からアドバイスをもらうようにすることだ。

ただし最初から白紙で相談を持ち掛けないとだめなタイプや、全部調整まで済んだ話を持ってゆかないと機嫌を損ねるタイプなどが存在するので、癖に合わせた応対は必要だ。

不幸にして無能な上司に当たったらどうするかって?

そんな人と良好な関係を築く努力をするより、その上司の頭越しに仕事ができるように自分の専門性を高めればよい。上司はどうせ数年で交代するのである。私は幸いにしてこんな目に遭ったことがないが、無能な上司と良好な関係を築こうとして努力を重ねた人を数人横目で見ている。殆どの場合において、その努力は徒労に終わった。部下には何も残らなかったし、上司は左遷されたからである。

その上司が昇進したらどうすればよいかって?

簡単だ。そんな会社辞めるか、自分の時代になるまで我慢することだ。
posted by 継之助 at 22:34| ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | ばいやーの独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月28日

ばいやーは机の上の書類を丸ごとすてちまえ!

いきなり、「世界一のバイヤーになってみろ!!」風のタイトルです。(坂口さん、失礼!)

皆さん業務上の書類はきちんと整理できていますか?机の上が山のようになっていませんか?

私の机は最近汚いです。(泣)

以前私の大先輩2名が職場で机を並べていた時のことを、別の先輩から聞いたことがあります。Aさんの机はその性格通り、書類が山のよう。一年後輩のBさんはいつも几帳面に書類整理をするので、いつもきれいに整頓されている。

Aさんの机にはどんどん書類が溜まってゆき、もうこれ以上は無理となったある日のこと、別の先輩がどうするか見ていると、Aさんは書類を捨て始めたそうです。まったく無選別で、まるごと。

馬鹿げた話だと思う人もいるでしょう。でも私はAさんのやり方を否定しません。

私もよく溜まった書類を整理するのですが、(それを最近やっていないから今の状態がある)いるいらないを判断しながら書類を捨てて行くと、結局ほぼ全てを捨てるはめになることが多いのです。「いる」と判断してファイルされた書類も結局、後で見る確率は殆どありません。

別の先輩から教えてもらったことがあります。「書類はいるかいらないか迷った時には全部捨てろ。結局いらなかったらそれで問題ないし、いるのだったらもう一度もらえばいい。」

うん、そうなのです。でも私も含めて整理できない人というのは、いるかいらないか迷わないのです。その時は全て「いるかもしれない」と判断してしまうのですから。

Aさんのやり方の優れている点はまさにここにあります。判断業務をする必要はないのです。書類をこれ以上机の上に置けない状態になったら、全部捨てればいいのですから。そしてそれでおそらくは99%問題は起きないのです。

おそらくAさんも他人にまわさなくてはならない、「生きている書類」の流通は妨げていなかったのだと思います。反面自分のところでその役割を終えた「死んだ書類」が机の上に溜まっているのだということを直感的にかはたまた意識的にか、理解していたのだと思います。

皆さんはAさんの方法、どう思われますか?
posted by 継之助 at 06:29| ☁| Comment(5) | TrackBack(1) | ばいやーの独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月05日

修羅場(2)眠れぬ夜

異様に早く目が覚めることがある。今日もそんな日。こういう時はもう眠れないので、読書をしたりネットサーフィンをしたりして、通勤電車で爆睡すればよい。

以前、プレッシャーで毎日のように早く目が覚めるという経験をしたことがある。あるシステム立ち上げのプロジェクトに参加した時の話だ。

こういったプロジェクトは始めのうちは現状の業務についてまとめたり、解決策を概略決めたり、システムの講習会に参加したり、と比較的プレッシャーの掛からない仕事が多い。

しかしながら、カットオーバーの日付が迫ってくるにつれ、システム要件の最終決定をはじめマニュアルの作成、ユーザー教育、テスト、マスターの登録、残高の移行などなど、後戻りできない仕事を非常に短期間の間に大量にしかもミス無くこなさなくてはならなくなる。

こうなるととたんに眠れなくなった。夜寝ていても仕事の夢を見るのだ。朝早く起きると漠然とした不安に苛まれるのだ。やることをやっているはずなのに、何か忘れていてシステムがうまく動かないような気がするのだ。

さてカットオーバーの日を迎え、システムは動いた。しかしながら案の定トラブルが続出し、連日深夜まで私とコンサルタントはバグつぶしに追われる日が続いた。ある日の夜10時過ぎ、コンサルタントからの内線電話でかなり重大なトラブルの発生を告げられた私は、あろうことか笑ってしまった。いや、実際にその場では打つ手がなく、私にできることといったら、笑うことしかなかったのだ。そしてこの時にこのプロジェクトは山場を越えたことをはっきりと悟った。

それは、数ヶ月のプレッシャーとの格闘の末、ようやっと私の腹が据わった瞬間だったからだ。そして訳のわからない漠然とした不安ではなく、現実の問題が目の前にあることが理解できた瞬間だったからだ。笑うというのは、それに付随しておこった現象に過ぎない。泣いてもよかったし叫んでも良かったのだ。

実際には問題はこの後もいろいろと発覚したが、この後眠れない日が続くということはなかった。

「漠然とした不安」を抱えた時には、そのままにしておかずにもっと要素を細かく捉え直して「現実の問題」に因数分解してしまえばよい。そしてその問題をひとつづつ機械的につぶして行けば良い。まだ完璧にできる訳ではないが、このプロジェクトから私が得たスキルのひとつがこれである。

posted by 継之助 at 05:56| 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | ばいやーの独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月02日

作業着それとも背広?

メーカーでバイヤーをやっている人なら分かると思う。作業着で仕事をするか、それとも背広で仕事をするかという問題。

私のいる会社では、工場勤務のバイヤーは作業着を着て仕事をしており、本社勤務のバイヤーは背広を着て仕事をしている。これは選択の余地がなく、服務規程で決まっているものだ。

しかし、どちらが好きということになると、人それぞれだ。

以前仕えた上司は、作業着が大嫌いだった。「ネクタイをしないとやる気が出ない」のだそうだ。本社から工場へ異動になった時に作業着を着るのが実に嫌だったと話していた。大学を出て「ホワイトカラーのサラリーマン」になったつもりの人が、作業着で仕事するのには抵抗があるのかもしれない。

私はというと、作業着が大好きだった。汚れを気にしなくてもいいし、第一あの大嫌いなネクタイをしなくても良い!(余談だが、工場勤務をしている間は背広を出張用にしか使わないので、夏冬一着ずつしか持っていなかった。実に経済的だった。)

以前労務担当に、なぜ事務職も作業着を着るのかと聞いてみたら、「現場との一体感」を醸成するためと言っていた。確かにそれはあるだろう。

でも、バイヤーという職業を考えた時、作業着を着る意味はやはりいつでも現場に入れるようにということなのではないか。現場を離れてはバイヤーは成り立たないからなのではあるまいか。

今もバイヤーと自称してはいるが、作業着を脱ぎ捨て、背広を着るようになった時からバイヤーでなくなってしまった部分があるのではないか?それはいつでも現場に入れるチケットを無くしてしまったということなのではないか?

海外で駐在員として活躍する後輩から、工場へ行く機会が頻繁にあるので作業着を購入して送って欲しいと言われた時、ああ、こいつはプロだな!と訳もなくうれしく思った。

論理ではない、そういう感覚も大事にしたい。
posted by 継之助 at 08:53| 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | ばいやーの独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月31日

修羅場(1)

仕事上の修羅場というのは忘れた頃にやってくる。

今までも何度か修羅場というのはあった。仕事の内容に関しての修羅場もあれば、仕事の量に関しての修羅場もあった。

今日は「仕事の量」の方を一つ書こう。

まだ会社に入って間もない頃、私はある工場に勤務していた。そしてこれは滅多にないことだと思うが、その工場は移転することが決定していた。

そしてその工場は、客先に迷惑を掛けないために、丸一年掛けて新工場を立ち上げながら、徐々に移転してゆくという方式をとることになっていた。

バイヤーは一名だけ増員になったが、基本的には現有勢力で二つの工場の面倒を見なければならなくなった。「バイヤーは一名増員」と書いたが、実は倉庫要員は全く増員にならなかった。

先遣部隊として私と部下(会社に入ってすぐに私には部下がいた)の二名だけが、新工場に送り込まれた。初日は、まず誰もいない事務所に入って仕事をしてみた。しかしながら、誰もいない工場の電話が実によく鳴る。皆工場がフル操業をしていると勘違いしているのだった。面倒くさいので電話線を全部抜いて回ったが、今度は倉庫へ納品する取引先の人から呼び出しがひっきりなしにある。

結局二日目から、倉庫で仕事をすることになった。ここからが修羅場である。伝票の処理件数はとっくにこっちの限界を超えている。新しい工場にはなにもないので、手配するものの数が半端ではないのだ。加えて、ひっきりなしに納品がある。そうこうしている内に締め切りがやってきて、単価未定のものの価格交渉をしなければならない。その後に保存書類の整理をしなくてはならない。新しく地元の取引先を開拓しなくてはならない。お客をつれて行ける飲み屋も開拓しなくてはいけない。

いけないいけないばかりで、実際のところ仕事は確実に前進しているのだが、なんだか仕事の洪水に逆らって泳いでいるようで、仕事に一区切りがない。要するに感覚としては、いつまでたってもなにも終わらないのだ!

結局、移転が完了して一年経つまで、この状態は約一年半継続した。

今思うと、他人が作った状況とは言え、馬力のある若い内に、圧倒的な仕事の量と格闘する経験をすることはOJTとしては有効であったようである。実際あれだけの量をこなせば、例え的確な指導がなくても大抵の人間は何かを学び、身につける。少なくとも自信にはなる。

だから、私は後輩にも修羅場をくぐらせたいと思っているのだが、なかなか難しいものである。なぜなら、修羅場はいつでも存在するとは限らないから。

従って修羅場に出会った人は、成長できる機会を授かったと思って、感謝しなければならないのだ!
posted by 継之助 at 23:54| 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | ばいやーの独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月30日

私を育ててくれた四人の上司(4)

別のブログでやっていたシリーズの続きをここで。題名のみちょっと変えた。「育てた」ではちょっと不遜な感じがしたからだ。やっぱり「育ててくれた」がふさわしい。

私の会社では若手バイヤーは工場配属になり、経験を積んだところで本社に来ることが普通だ。これは別に特殊なことではなく、おそらく本社集中購買を行う大部分のメーカーがそのようなシステムをとっているのだと思う。

しかし、工場勤務が四カ所目にもなると、さすがに単なるローテーションの偏りだけでは片付けられなくなってくる。特に当人には。はっきりいってその工場への転任辞令を受けた時、私の気持ちはかなり複雑だった。

断っておくが、私はメーカーに好んで入った人間であり、製造現場は嫌いではない。むしろ大好きである。しかしながら、諸先輩の例を見てもそんなに「どさ回り」を続けたケースは皆無であった。この若さでもう左遷か?そんなことが頭をよぎったのも理解してもらえると思う。

赴任先の工場は、またしても全く業態が違っていた。不慣れな仕事に戸惑う私を助けてくれたのが4人目の上司である。この人はそしてまたしても高卒であった。そして非常な苦労人でもあった。

前の職場は不況で立ち行かなくなり、閉鎖に追い込まれた。この上司はそこに最後までとどまり、残務整理をしてから、次の職場に赴任している。そして前の職場は、人の生き死にが偶然に左右されるような、そんな過酷な職場だった。それだから本物の地獄を知っている人なのだ。そして次の赴任先であるその工場も、ほんの小さな立ち上げの段階から職場を作り上げてきた。

この人の周りには、他の職場から訪ねてくる人が絶えなかった。本当に大した用もないのに、客がひっきりなしにやってくるのだ。現場の一担当、工場長、外注先の担当者皆がこの人を訪ねてくる。皆がこの人を頼りにしているし、愛しているのだ。この人は会社の外でもPTAの役員などをつとめていた。地域でも人望があったのだ。

私は他にこのような人をあまり知らない。私自身にはとても真似ができないものとあきらめざるを得ない大きな壁が、この人と私の間にあるのだと思う。その壁は何層にも別れているが、その一つを構成している要素が、地獄を見たもののやさしさなのではないかと思っている。

実際、この人が人に頼られてそれを断ったのを殆ど見たことがない。ある意味母のごとき慈愛なのである。この人の口癖は「どうのこうのいっても仕方がない。」というもので、要するに不条理だと文句を言っても仕方がないからキチンと仕事はしようという意味だった。仕事はきつかった(定常的に土曜日出勤が続き、肉体労働もあり、夜も10時過ぎまで働いていた)が、前向きな上司なので部下として仕えて幸せであった。

私がこの人から学んだことは、スキルではない。今までの上司との比較ができる様になっていたこともあるのだろうが、やはり仕事の流儀というのは、ひとそれぞれにスタイルがあるということを学んだのだと思う。それまでは兎に角良い見本を目にすると真似してみたくなったのであるが、この頃から割と客観的に人の仕事を見ることができるようになった。

さて、四カ所目の工場勤務を終えた私は、やがて本社へ転勤となったのである。結果から言うとこの工場勤務は左遷にはならなかった訳だ。あくまでも結果から見れば。
posted by 継之助 at 23:01| 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | ばいやーの独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月26日

リンクを張っていただいた!

「機械部品調達バイヤーの書くブログ」というブログのりょうま様より、リンクを張って頂いたようです。りょうま様ありがとございました。早速こちらからもリンクをさせていただきます。

もちろん私もこのブログは愛読していて、その見識と更新頻度の高さに常々敬服しておりました。別のブログで11月末からほぼ毎日更新を続けてきた私でも、ことバイヤー業務に関する話題のみだとこれは非常に苦しいです。質を落とさず、更新頻度を保ち続けるためにはモチベーションの維持が秘訣でしょうが、どうしたらいいのか、未だ私には分からないでいます。

とりあえず、今は「書きたい。書かなければ。」というなんだか分からない衝動のおもむくまま書いていますが。

ともあれバイヤー仲間のブログが増えて行くのはうれしいものです。これをご覧になっている
方で、リンク希望の方がいらしたら、私までご連絡を!
posted by 継之助 at 10:15| ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | ばいやーの独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月21日

部下が「鬼」とならねば上司は動かず

「上司が「鬼」とならねば部下は動かず」という本がある。私はこの本を読んだことがないので、内容についてどうこう言うことはできない。

しかしながら題名だけを見たとき、正直むかっときた。私もマネージャー職についていたので部下を持って仕事をしたことがある。鬼となって部下を動かすというのも時には有効なのだろうが、少なくとも私にはこのアプローチはベストとは思えない。

学生スポーツの指導者が、若くてがむしゃらな時はチームがあと一歩のところで勝てなかったが、少し学生に自主性を持たせて任せてみたら、勝てるようになったという話を良く聞く。ずっと以前愛読していたアメフットの雑誌「タッチダウン」に関西学院大学の武田健先生の文章が連載されていたが、この方のコーチ哲学も確か「民主的リーダーシップ」というものであったはず。それも心理学者として有名なこの方が、かなりコーチとして経験を積んだ後にたどり着いた結論だったはずだ。

私なりにマネージングの経験を積んでたどり着いたスタイルは、タイトルの通り。部下が何か主体性を持って判断しないかぎり、こちらは動かないというものだ。ただこれだけだと、組織として目標を達成できない危険性が高い。それを防ぐためには、組織の目標をうまく部下に自分の目標として理解させ、そのためのアプローチをしっかりと考えさせなければならない。任せておいて良いレベルは部下それぞれによって違うことも、こちらがしっかり把握して、指導方針を変えて行かなければならない。

はっきり言うと、あれも違うそれじゃだめだと言い続け、俺の言う通りにしろとする方が、よっぽど精神的にも肉体的にも楽な組織運営方法だと思う。しかし主体性を持って考える部下を育てる方が、手間はかかるが強力な組織をつくるベストなアプローチだろうと思う。次代の上司を育てる意味でも有効なはずだ。

しかしながら一つだけ問題が。どんなアプローチをしてもやる気にならない部下というのは残念ながら現実に存在するのだ。こういった人が出てしまうのはその人の資質なのか、それともこちらのアプローチに問題があるのか?

私の結論は揺れ動いていてまだ出ていない。
posted by 継之助 at 07:24| | Comment(0) | TrackBack(1) | ばいやーの独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月12日

購買サービス提供者とバイヤーの壁

調達・購買ブログで野町さんが、購買サービス提供者とバイヤーの間の壁について投稿をされている。第四回購買ネットワーク会の懇親会でそのような話題が出たらしい。私自身は懇親会でもあまり心のゆとりがなく、そのような話題が出ていることすら気づかなかったのだが、成る程そういう見方もあるのかと思った。

実は私自身、コンサルタント(むろん購買サービス提供者はコンサルタントだけではないが、代表的な職種として。)との付き合いは、数年前にあるプロジェクトに参加して以来である。その後も二度程、自分の関わる仕事でコンサルタントを導入した。

最初のプロジェクトでは、こちらの主体的な意思でコンサルタントに入ってもらったのではなく、プロジェクトの性質上、彼らに関わってもらわないとにっちもさっちも行かないという状況であった。約2年に渡り、ほぼ毎日顔をつきあわせて仕事をして行く中で、自分としては彼らの仕事の進め方や思考方法を知ることは非常に有意義であった。もちろん、彼らは実務を知らない場合も多いが、効率的な仕事の進め方のエッセンスについては、やはり彼らに学ぶことが多いと思う。

その後の二度のコンサルタント導入については、私自身が主体的に関わり、導入の判断を下している。自社にないノウハウを持っていることと、結果的には当該業務を抱えこんで自社で行うより、割安であると見込めたためである。結果は思った通り、上々である。一番最近のケースでは、自社内では皆がやらなくてはならないと思いながら、手を付けられなかった問題を解決する起爆剤になってくれた。

私の少ない経験だけからものを言うのは危険かも知れないが、導入する企業側の主体性や問題意識がコンサル導入の成功不成功を分けるのではないかと思う。そういった意味で、コンサルタントは机上のみでものを考えるとか、現場を知らないという言い方は私は的外れだと思っている。それは猫をさして「ニャーと鳴く」というに過ぎない。

それから、現役バイヤーの諸氏にとってもコンサルタントというのは、ある意味自身のキャリアの終点や通過点でもあり得るものではないだろうか?実際にそういった経歴を持っている方(野町さんもそうでしたね)も多い訳だし。

という訳で私自身は購買ネットワーク会の席上、現役バイヤーかコンサルかという視点で参加者を見ていない。
posted by 継之助 at 22:11| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ばいやーの独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月11日

ブログ開設記念

新しくブログを開設しました。

ばいやーのお仕事について、いろいろと私の思うことを書いてゆくつもりです。

乞うご期待。
posted by 継之助 at 09:10| Comment(0) | TrackBack(0) | ばいやーの独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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